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大阪高等裁判所 昭和42年(う)88号 判決 1967年4月27日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中八〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人馬淵健三作成の控訴趣意書に記載のとおりであるからこれを引用する。

控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は、原判決は、昭和三七年一一月一六日から同四一年四月一五日までの原判示番号一ないし一八七の各事実について、被告人の自供及び各被害者の被害届を証拠としてこれを認定しているが、右被告人の自供は、被告人の記憶にないことを警察官の押し付けによって述べたものであり、しかも被告人は昭和四一年五月中に原判示番号一八八の事実によって逮捕されてから追起訴名義で六ヶ月間留置され、その間に右自供をしたものであるが、これは適法な勾留状なしに自白を強要するために勾留されたものであるのみならず、憲法三八条にいわゆる不当に長く拘禁された後の自白であって証拠とすることができないものであるから、原判決は、証拠とすることのできないものによって右原判示事実を認定し、事実を誤認したものであるというのである。

よって検討するに、記録によれば、被告人は、昭和四一年五月二六日原判示番号一八八の事実について逮捕され同月二八日勾留のうえ同月三一日右事実のみについて起訴されたこと、原判示番号一ないし一八七の事実については、同年一〇月三一日に起訴されているが、右事実についての捜査官の取調は、主として右一八八の事実についての起訴後の勾留期間中に行われ、被告人の自供調書はいずれも同期間に作成されたものであること、右各事実を認定する証拠としては、各被害届のほかは、右捜査官である司法警察職員及び検察官に対する自供調書並びに原審公判廷における自白のみであることがそれぞれ明らかである。ところで右のように、ある事実について勾留起訴の手続をとったのちその勾留期間中に他の被疑事実(いわゆる余罪)の取調をすることは、決して望ましい方法でないことは多言を要しないが、捜査官において初めから他の事件の取調に利用する目的または意図をもってことさらにある事件を起訴し、かつ不当に勾留を請求したものと認められない場合には、右の取調を強制し、不利益な供述を強要したものとはいえない(最高裁昭和三〇年四月六日大法廷判決)から特にこれを禁ずべきいわれはない。そして長期の抑留または拘禁後の自白についてその自白を証拠にすることができないのは、抑留または拘禁の長いことが不当である場合であることは多言を要しないところである。これを本件についてみるに、まず右一ないし一八七の事実についての取調状況については、≪証拠省略≫によれば、被告人は警察において、逮捕当時二、三件の窃盗を自白し、その後順次他の窃盗事件を自白し、結局右の事実を含め計三七六件の事実を自供しているが、その内訳は、同年五月三〇日(一八八の事実についての前記起訴の前日)に四五件、同月三一日(右起訴の日)に三〇件、六月二日に一二件、六月三日に一九件、六月四日から八月二日までの間に二七〇件であり、そのうち被害付実施のうえで確認されたものは三四九件であることが認められる。従って右自供の経緯からすれば、捜査官がことさらに前記起訴後の勾留期間を利用して被告人の自供を求めたものとは認められないし、また、併合罪の自由刑について加重単一刑主義をとるわが法制のもとにおいては、被告人にとっても、右の各事実について分割して逮捕、勾留のうえ起訴され、または起訴後勾留されることによって多数の勾留が重なることあるいは数個の裁判を受けることが必ずしも好ましいものとは考えられない。そして記録によれば、被告人は、原審において弁護人二名を選任して本件審理を受けており、第一回公判期日は、昭和四一年七月二五日に開かれ、第一回起訴分である番号一八八の事実について審理されたが、追起訴予定ということで続行となり、第二回公判期日は、同年一〇月一五日に開かれたが、追起訴未了ということで延期され、第三回公判期日は、番号一ないし一八七の事実についての前記追起訴後半月後の同年一一月一五日に開かれ、右追起訴事実について併合審理を遂げて弁論を終結したものであって、余罪捜査のための各公判期日の続行ないし延期については、被告人、弁護人ともに何らの異議も申し述べなかったことが認められ、むしろ被告人並びに弁護人はいずれも、分割起訴により数個の判決を受けるよりも右各事実を一括しての併合審理による一個の判決を望んでいたものと思料されるのであって、以上の各事実に徴すれば、前記勾留が所論のように適法な勾留状なしに勾留されたものあるいは不当に長く勾留されたものとは到底解せられない。また、所論の、被告人の調書が捜査官の押しつけによるものであり、被告人の記憶にないことを供述したものであるという点については、原判示番号一ないし一八七の事実についての被告人の司法警察職員及び検察官に対する各供述調書は、前記のとおり原審第三回公判期日に調べられているのであるが、同期日の公判調書によっても、被告人、弁護人ともに右各調書を証拠とすることに同意し、その任意性を争った形跡は認められないのみならず、被告人は、右期日において起訴事実はすべてこれを認め、積極的に窃取現金額は一三〇〇万円ぐらいになる旨のほぼ右起訴事実にそう供述を(本件窃取現金の総額は一、三六二万九、四五六円である)しており、さらに記録に徴すると、被告人は自ら犯行場所自供一覧表(記録二七八丁以下)を作成して犯行の日時、場所、窃取金額、品名を記載し、警察官を右各現場に案内し、警察官は右記載とすでに提出されている被害届とを対照し、被害届の提出されていない分については、あらためてこれを提出させ、相互に対照のうえ昭和四一年八月一二日付犯罪事実一覧表及び司法警察職員に対する各供述調書を作成し、さらに検察官調書においては、昭和四一年九月二八日から同年一〇月一一日までの間に五回にわたって、右犯罪事実一覧表の内容について各犯罪事実ごとに被害届と異る点等について再確認し、被告人の否定するものについてはすべてこれを削り、その上で窃盗既遂として確認される一八七回の事実について本件公訴を提起したものであることが認められるのであって、右各調書の任意性及び真実性についても何ら欠けるところはない。

以上のとおりであって、原判示の各事実に対応する各被害届と≪証拠省略≫を総合して原判示の各事実を認定した原判決には何ら事実の誤認はない。論旨は理由がない。

控訴趣意中量刑不当の主張について

論旨は原判決の量刑が重きに過ぎるというのであるが、記録を精査するに、本件は、被告人が、昭和三七年一一月一六日から同四一年五月二六日までの間一八八回にわたり、舟を利用して神戸市から岸和田市に至る沿岸沿いの工場や会社事務所等に忍び込み、ドライバーやたがねを使って金庫、ロッカー等を破り、計一、三六二万九、四五六円に達する多額の現金(他に小切手、金庫等時価計三五〇万五、二七〇円)を窃取したものであって、右本件犯行の回数、態様、被害額のほか被告人の前科(累犯にかかる原判示前科を含め窃盗罪の前科四犯)生活態度など諸般の事情を考慮すると、被告人の家庭事情その他所論の諸点を参酌しても、原審が被告人に対し懲役四年(未決勾留日数一七〇日算入)に処した量刑は不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、刑法二一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山崎薫 裁判官 竹沢喜代治 大政正一)

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